ぺぇさんの中学生・高校生時代

【解説】コーナーが続いていましたが、ぺぇさんの生育歴の紹介を再開しますね!

まだ「幼少期」と「小学校時代」を読んでない方は、そっちを先に読んでもらった方がよいかもしれません(´・∀・`)

幼少期はコチラ  ・小学校時代はコチラ


中学生に上がるころからでしょうか、ぺぇさんはあまり喋らなくなります。

聞かれたら少し応える程度(。・∀・。)
(家では話すけど、外では喋らない)

発達障害のある子どもは、小学校高学年ごろに、興味関心の違いやコミュニケーションの課題から、みんなとの話題についていけないケースがあります。

 疎外感を感じて自信をなくしてしまったり、変に注目してもらおうと間違った行動に移してしまい、結果、周囲から仲間外れにされることもめずらしくありません。

ぺぇさんがこのケースに該当してたのかは、自分にもよく分かりません。

 しかし、ハッキリ言えるのは、もともと周囲に興味があるタイプではありませんでした。「自分は自分、他人は他人」という傾向が強く、まわりが流行に敏感・多感な年頃ですが、世の中の出来事について「(。・_・。)ふーん、へぇー…」くらいにしか思っていませんでした。
 
 そして今振り返ると、話すことに力がいることに無意識ながら気づいていたのも、この時期だと思います。授業中、先生に指名されても、答えがわかっていても「わかりません」を連発していましたw
 答えが分かっていても、「言葉で説明できない」だったんでしょう。まぁ、先生からすれば、そんなぺぇさんの特性を知っているはずもないので、結果的に「あんまり勉強できないやつ」という認識だったのではないかと思いますw
 

 そういうのもあって、どんどん自分から周囲と、また苦手なものと距離を置いていたのかもしれませんね。その方が、社会性という面では希薄になりますが、本人としては、ある意味「ラク」と言えます。

まぁ、この「周囲に興味がない」「話すの苦手だから、無言でも平気」「自分は自分、他人は他人」という考え方が、発達障害の診断を遅らせたと言えます。
 
 まわりから社会的に困ってそうに見えても、その当時のぺぇさんに「困り感」はあんまりありませんでしたから(。・∀・。)


 …「診断を受けるまで」にも書きましたが、環境が変わり、まわりの人の仕事水準に合わせようと無理すると、いろいろ「困り感」が強くなってきた次第です。

 本人に困り感がなかったことは、幸か不幸か…(。・_・。)
 適度に無頓着だったせいか、発達障害によくみられる二次障害というものが自分にはありません…。その分、今困っているともいえますが…。

まぁ、中・高と基本はこんな感じです。



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